このタイトルをつけるにあたってネットで調べてみたら、河野太郎大臣がご自身のブログのタイトルとして使っていらっしゃるのを見つけてしまいました。いやはや、河野氏がごまめなら私などゴミにもならないと思いますが、一応故事であるので著作権には抵触しないと勝手に考えて使わせていいただいちゃいます。<(_ _)>
集団接種予約システムトラブルに関して
集団接種の予約システムで、正しくない番号を入力しても予約できてしまう問題点が発覚したらしい。
これに関して、政府の関係者が、「善意で作ったシステムだから、虚偽の番号を入れて予約するなどという悪意のある行為は想定していなかった。そんなことの為に多額の予算を使うのはいかがなものか」というようなコメントをされたというような報道があった。
これを聞いた時は本当にびっくりした。
なぜなら、管理者側が、自分たちの責任を露骨に人に押し付けているように感じたからだ。
もっといえば、「いい大人がそんな言い訳を平気でして恥ずかしくないんだ」と言う事に驚いたのだ。
これが、今の政府、さらには、菅政権の姿勢なのかと思うと、「とうとうここまで来てしまったか」と思い、身の毛がよだつ気がした。
そもそも、ソフトを制作するにあたり、「入力」と「出力」を特定することは、基本中の基本で、「ド素人」でもソフトを作る以上、これを決めない事はない。なぜなら、これが決まっていないとソフトを書く事はできないから。
であるから、ソフト制作側は詳細な入力の仕様を出してもらうまで、何度も問い合わせをするはずである。
もちろん、ソフトを作る側がド素人ではないという大前提はあるが。
今回、間違った番号が入力できると言う事は、きちんとした入力の仕様が出されていなかったと言うしかなく、明らかにソフトを発注する人間のミスである。
しかし、最も重要である入力の数値に関しての問い合わせが無かったということは考えにくく、問合せがあっても無視した可能性の方が強い。となると、もはやケアレスミスではない。
また、ソフト制作にとって、エラー処理は非常に煩雑で大変な作業であり、エラー処理をすると、しなかった場合の10倍以上の長さになることもまれではなく、当然コストもかかる。であるにしても、今回問題になっている部分は、エラー処理というのもおこがましいくらい簡単で基本的な部分であり、効率やコストの為に省略することはプロであればありえない。
人が入力する以上、「入力ミス」は絶対に起こる事である。である以上、間違った入力をはじく処理をするのは当たりまえの処理である。
今回の問題事に対して、「悪意を想定していなかった」などと平気で口にするような管理者は、仕事の内容を全く分かっていないか、判ったうえで責任を人に押し付けているとしか考えられない。
これはいずれにしても、ソフト制作者に失礼である。もし、何かの事情によって本来税金をつぎ込んではいけないようなインチキ会社にソフトを発注してしまったのでなければ。
ま、それにしても発注した責任はあるけれど。笑
もし、「人は悪意が無くても間違いを犯す可能性のある存在である。」と言う事が本当に理解できない人が管理者にいるのであれは、それは犯罪だと思う。
そんな管理者にも、その管理者を任命した人にも、即刻辞めていただきたいと個人的には切に思う。
ミスをすることが悪いことだと言うつもりは毛頭ない。誰にでもミスはある。しかし、ミスを認めなければ、次に改善されることはない。
ミスをごまかそうとするから突っ込みたくもなるが、きちんと認めて謝れば、それ以上追及しようとしない人の方が多いのではないかと思う。
一部のどうしようもない野党とマスコミの人は除いて 笑
今の世の中、権力的にも金力的にもどんどん二極化して、強者が自分たちをすべて正当化して、仮に間違っても正しいと押し切ろうとする流れが強くなってきている気がする。弱者のたわごとかもしれないけれど、寂しい限りだ。
追記
と、ここまでがいわゆる正論なのだが、実際にもっと根は深いと思う。
人に責任を押し付けるような発言をした管理者、本来ならばやるべき処理を省いて製品を納入したソフト制作者、みな、自分のやっていることがまともではないと、わかってやっているのではないかと思う。
判ったうえで、そうせざるを得ない力が働いているのでだろう。自分だけ声を上げても、それによりいろいろな歪みが出て、何も変わらずに結局は自分がつぶれざるを得ないので、結局保身のために知らんぷりを貫くしかない。という構図がどんどん広がってきているのではないかと推察する。
なぜなら、これは昔から普通にあったことで、私自身もさんざん経験してきたことだからだ。
ただ、最近どんどんごまかし方が露骨になってきている気がする。
一昔前なら、今回の集団接種ソフトや、コロナ接触確認ソフト、ココアの問題などは、あまりにも簡単なケアレスミスなので、発注側も受注側も大問題にされたと思う。特に、制作会社側に問題があれば、会社の存続も危ぶまれる事態になることは間違いないので、プライドにかけてもきちんと仕事をしたように思う。(仮ににごまかすことがあっても、少なくとも、私のような外部の人間が見て変だと思うなことはしなかったはずだ)
ところが、最近は、力の強いものがどんどんごり押しをするようになってきて、多少の事なら何をやっても押し通せるようになってきている気がする。
だから、納得のできない仕事でも、言われた通りにやるしかないし、そうすれば多少問題のあることをやっても責められないし、多少の問題は握りつぶしてくれる。逆に強者の意向に逆らうと、まともなことを言っても通らずに潰されてしまうという傾向がどんどん強くなっているように思うのは気のせいだろうか?
今の時代、あまりにもあり得ないことが次々と起こっているにもかかわらず、その本当の原因が全く明らかにならないことが多い。
テレビや週刊誌、マスコミも、弱い個人や会社を叩いて売り上げを上げるばかりじゃなく、時にはこういった強い大きなところに本気で切り込むほどの気概があればと思うが、所詮無いものねだりなんだとは思う。そのことをしっかりと理解しつつ、その流れが加速していかないことを切に思う。
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